2012年3月31日土曜日

相模の国へさようなら、信濃の国へこんにちは。

相模原を生活の拠点として、長い間暮らしてきた。若いときには東京での勤務にも都合がよかった。昭和30年・40年代にはまだ自然が多く、子供を育てるにも適していた。しかし最近は都市化が進み、田舎の風景は急速に消えてしまった。仕事をリタイアしたあとは、自然にふれる機会が多い田園地帯に住みたくなるものである。 私は12年前、八ヶ岳の西に位置する茅野へささやかな居を求め、住み始めた。 首都圏から離れるのも少し淋しく、また海が大好きで、ヨットを真鶴に係留していたこともあり、相模原と茅野を行き来していた。最近では茅野で過ごす期間が多くなっていた。昨年末、ヨットを手離したこともあり、茅野に移住することにした。相模原には結婚した長男が、そして私は余生を茅野でとなった。 相模原へは長い間お世話になったことを感謝し、茅野へはどうか宜しくお願いいたしますという心境である。 相模の人から、信州の人へ4月1日をもって変った顛末である。

2012年3月12日月曜日

春の雪だるま

春の雪ダルマ 3月9日、10日と雪が降った。20cmほどの湿った重い雪が20cmほど積もった。丁度孫達が来ていて大きな雪ダルマを作った。 真冬の寒い季節の雪は、さらさらしていて雪は固まりにくく雪ダルマでも作りにくいものであるが、今回は比較的楽に作れたようである。 孫達の母親がヨーロッパ出張で、預かることになった。5歳と3歳の男の子である。私たちも年子の息子二人を育てた経験があるのだが、スッカリ忘れており、てんてこ舞いの毎日である。疲れはするが、幼児との緊張感のある時間を過ごして若さを取り戻している。大きな雪ダルマをご紹介する。

2012年3月3日土曜日

シジュウガラ来訪

シジュウガラが居つき始めた  一月ほど前から、シジュウガラが巣箱をのぞきに来るようになった。母屋の軒と、井戸の東屋の軒と2箇所に巣箱を毎年掛けている。  春めいてきた最近は2羽で頻繁に来るようになった。今年は雛を育てるに違いない。どちらの巣箱を使うのだろうか。  去年は雀が先に巣箱を使い始めてしまい、彼たちは子育て出来なかった。私は時期が来る前に、巣箱から古い巣を取り除き掃除して置く。そして巣箱に這入り易いように、杭を建て止まり木を作っておいた。そこを良く使うようになった。  私は数日前から、望遠レンズを付けたカメラを手元へ置いて待っていた。動き回るのでなかなか写せない。昔の300ミリのレンズなので、自動でフォーカスが出来ない。ピントを合わすのに苦労をする。今日、何とか写すことが出来た。  2羽のシジュウガラは、家人との二人暮らしの当家にとっては、大事な家族なのである。雛が育てば、家族が増える。楽しみに待つことにしよう。  止まり木の4景を早速お届けする。

2012年3月2日金曜日

茅野で見たメジロ


小鳥1題
海岸から余り離れていない地方では、冬になれば小鳥の「メジロ」が多く見られる。相模原でも庭の椿や、梅、桜などの花にきて蜜を吸う姿が目にとまる。
今、信州茅野に滞在中だが(標高1,000メータ弱)、ここでは「メジロ」はあまり見かけない。九州にいた子供の頃には、冬、森によく獲りに行ったものである。「鳥もちの木」の皮を小刀で剥ぎ、石で搗く、繊維を水で洗い流すと鳥もちが残る。それを空のクリームビンなどへ入れて持ち歩く。安いナイフ(銘に肥後ノ守)だが、良く研ぎあげてある小刀を、子供達は常時ポケットにしのばせていた。籠に入れた囮のメジロを提げて森へ入る。手ごろな木の枝を切り取り、手を唾で濡らし(乾いていると鳥もちが手にくっ付いてしまう)鳥もちを巻きつける。囮の籠を椿の木に掛け、メジロがとまりそうな処にその枝を配置する。藪に隠れ胸をドキドキさせながら、鳥が来るのを待つ。メジロが寄って来る。そして枝にとまる。すばやく駆け寄り、下にぶら下がり始めたところをすかさず手に取る。鳥もちが羽などへ付く前に手に捕るのがコツなのだ。
今ではメジロを獲ったり飼ったりするのは禁止されている。当時はおおらかなものだった。そんな遊びが中心で、勿論勉強などはしている暇は無かった。
さて私は、メジロは夏には高山に帰り、そして卵を産み育て、冬に平地へ降りてくる鳥と認識していた。ところが茅野では見かけない鳥と思っていたメジロが庭へやって来ていた。カメラへ収めた時には、巣を探しに良く来ているシジュウガラと勘違いしていた。
皆さんにとっては、あまり珍しくもない小鳥と思えるのだが、高原で垣間見た、私にとって懐かしいメジロが、軒先の百日紅の枝にとまっている。その姿をご披露いたしたい。


2012年2月20日月曜日

北国の春のかおり


蕗の薹

 春の陽光の中での散歩の途中で、蕗の薹を採って来ました。昨日今日とここ山里でも天気が続き、南に面した田んぼの土手には枯れ草の下に蕗の薹が隠れていました。
浜通ではないそして寒い信州での、春の味覚とかおりの一品です。正月以来酒が続き、体重が増えてしまっています。今朝禁酒を決意したばかりですが、今夜まではお酒を頂くことに致します。
 少しピントがあまい映像を2枚ご披露し、春の匂いをお届けします
         
          顔を出した蕗の薹




               採ってきた蕗の薹


蕗の薹の食べ方
細かく刻み水に晒しアクをとる。油で軽く炒め味噌を加えます。蕗味噌の出来上がり。

2012年2月19日日曜日

八ヶ岳2景


 信州にも春近し
 朝の庭の温度計はマイナス14度を指していた。南寄りの移動性高気圧におおわれ、
10時を過ぎたころからは、穏やかな春の気配が濃厚となった。
 陽気に誘われての散歩は、長閑な田園の空気を堪能させてくれた。雉の姿も垣間見ることができた。冬の間、雉の若鶏の雄は群れを作っているようだが、今日見た雄は1匹だった。そろそろ自分の縄張りを主張し始める季節になったと思われる。春が近づいてきた。
 八ヶ岳西麓の標高1,000メータの土地でも、散歩を楽しめるようになった。空気の澄んだ田畑からの美しい八ヶ岳2景をお届けする。

           阿弥陀岳 赤岳 横岳
                
                蓼科山 北横岳

2012年2月14日火曜日

雪かきの朝


挨拶について思う。
 今朝、久しぶりに雪かきをした。雪かきと言えば大げさだが、4センチ程積もった道路の雪を掃いたと言ったほうが正確だろう。家の前の道は小学生たちの通学路になっている。朝7時前には、もう子供たちが通り始める。ここ茅野(長野県中西部)の子供たちは、元気よく「おはようございます」と挨拶する。私も「おはよう、雪だから気をつけて行ってらっしゃい」と返す。朝の挨拶は気持ちが良い。
 当地では行き会う人とお互い挨拶を交わす。見知らぬ私にも「おはようございます」「こんにちは」と挨拶が来る。時間があればたち止り雑談をする。心が和み愉快な気分になる。
以前の日本ではどこでもあった光景だ。
 近頃になり都会では見知らぬ人へはあまり挨拶をしない。世の中が忙しくなり、そして心がすさみ、子供を連れ去る事件も頻発した。親は子供たちへ、見知らぬ人とは話さないように言い聞かす。そうするしかない。
 私は相模原へも時々帰る。お会いする見知らぬ人へも挨拶の声を掛けている。皆さんからも気持ちよく挨拶が返ってくる。お互い声を掛けあう和やかな世間を、皆さんも望んでいるのだと思う。以前私たちの国の、どこででも見かけた心温まる風景を、何とか再現したいものである。
 日本海側の豪雪に心を痛めながらの、朝の雪かきでの独り言である。それに雪化粧を2葉。