2011年8月19日金曜日

六時間の小さな冒険

母港、真鶴港の風越

試したことの無いことに挑戦するのを冒険というのだと思う。そしてそれは、命にかかわるかもしれない緊張感を伴うものでもあろう。
二十数年前の初夏の週末、私は伊豆半島の先端近くにある稲取港に停泊していた。降ろしたての小型クルージングヨット「風越」で、クルーは長男(当時東京商船大学生)と他の二人、私を含めて四人が乗り組んでいた。稲取は良港でそして温泉の出る観光地でもあり、私の好きな港の一つである。
上陸し温泉に入り、うまい魚料理を食べ船に帰ってのんびり過ごす。クルージングの醍醐味を満喫していた。ラジオの気象情報で天気図を作り、明日の航海の準備等を終え眠りについた。
翌朝、空は低い雲におおわれ流れも速い。朝の天気図では前線が近づいていることを知らせていた。日程に余裕があれば、日和見をして停泊を続けるべきだが、明日の月曜からは仕事がある。
ヨット一隻が伊豆大島に向けて出て行った。長男と相談し、出港を決断、荒天準備をして、出港した。
沖はやはり荒れていた。ジブ(前帆)をたたみ、エンジンとメインセール(主帆)での機帆走で走り始めた。
東北東で風力五、秒速十五メーターの風、進路は北、斜め右のアゲインストの風になる。スプレー(飛沫)が船上にあがる。なれない二人をキャビンに入れ、ハッチを閉める。海はもう真っ白、セールを半分にリーフ(縮帆)する。ハーネス(命綱)で身体を安全索につなぐ。海岸から離れて走る。バウ(舳)は浪に突っ込みデッキを潮が洗う。着ているカッパは濡れて光っている。熱川,城ヶ崎、川奈崎とやり過ごし、五時間ほど二人で苦闘した。
伊東の沖、そして初島まで来た。風も凪ぎいつもの慣れ親しんだ海に帰ってきた。
びしょ濡れの長男が言った。「親父さん、口の周りが真っ白だよ」。私は緊張のあまり口がからからに乾いていたのである。キャビンの二人もデッキへ出てきた。あと一時間で母港真鶴へ着く。
翌朝、私は東京の事務所で仕事をしていた。


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